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きっと仕事が自分達を形作っている・柞刈湯葉『未来職安』

 

 感想書きもちょっと間が空いてしまってリハビリが必要な感じ。本を読む時間を他の事に回していたせいもあるのだけれど、昨年の秋頃に転職した為に新しい業務内容や職場環境に慣れないといけないという事もある。まあそれも気付けばもうすぐ1年が経つ訳だけれど。

 さて、仕事といえば結構前から、いわゆる『お仕事小説』というものが注目される様になって、働く読者達の共感を集めていたのだけれど、本作は題名の通り『職安小説』であり、それも「未来の職安」をテーマにしている所が面白いと思う。どの位「未来」なのかと言うと、それはもう今自分達が(というよりもメディアがかな?)戦々恐々としている「AIに仕事を奪われる」未来が現実になって、仕事が無くなるどころか「国民の99%は働かない<消費者>としてベーシックインカムをもらいながら生き、残り1%が<生産者>として働く世界」という所まで行き着いてしまった未来が描かれる。そんな時代の「職安」って何なの? 成立するの? という疑問に作者がどう答えて行くかという点が本作の面白さなのではないかと思う。

 とはいえ、本作に登場する「職安」は自分達が良く知っている職安の「受付をして検索機の順番待ちをする」「検索機から求人票を出力したら窓口に出してまた順番待ちをして応募可能かどうか確認を取ってもらう」「沢山の求職者で混み合っていて、自分だけが求職者ではないのだなという安堵と、早くここから抜け出さないと、という焦燥感が入り混じった感覚に襲われる」といったいわゆる「職安独特の雰囲気」とはかけ離れている。仕事に就く<生産者>が人口の1%しかいない世界なのだから当然といえば当然なのかもしれないが、本作に登場する職安は個人探偵事務所の様だ。そこに仕事を求めてやって来る求職者達もまた、厄介な依頼を探偵事務所に持ち込む依頼人に似ている。

 普通、<生産者>が1%しかいない世界というと「物凄い才能を持った、能力とやる気に溢れた人間が、決して機械には代替出来ない類の研究開発や先進的な分野を切り開く為に生産者をやっていて、残りの<消費者>はそれにぶら下がっているだけ」という様な世界を思い浮かべがちだと思う。実際それは間違っていない部分もある。ただ、それだけじゃない未来のお仕事というものもきっとあって、言ってみれば本作は「人間が労働力として必要とされなくなった世界で、何が人間の仕事として残るだろう」=「機械に代替されない人間らしさとは何だろう」という事を考えてみる物語でもある様に思う。そして当然の事ながら、人間というのはいい加減で無駄が多く非合理的な生き物なのであって、そんな人間らしさから生じる仕事というものもまたどこか滑稽で皮肉が効いていて笑えるものが多い。例えば「自動運転車が交通事故を起こした際に頭を下げて辞職する為の仕事」とか。

 そんな馬鹿な、と思うか、ああ、それって確かに人間らしいよね、と思うか。自分は後者だったけれど、そうした人間らしさと仕事の関係というものをもう一度考え直す作品としても本作は機能すると思う。

 少し真面目な話をすると、近年、ブラック企業や非正規労働の常態化によって心や体を壊される労働者が多いと思う。自分も仕事がもとで体調を崩した結果転職をした訳だけれど、労働者がそうして「壊れてしまう」のは、「非人間的な労働環境に自分を適応させる為に無理を強いられる」からだと自分は思っている。もちろん他にも「職場の人間関係」という人間性から発する問題もある事はあるのだけれど、これとて職場環境が非人間的である余裕の無さから生じている軋轢だと考えられない事もない。長時間労働、サービス残業といった労働者を人間扱いしない制度が労働法を無視した職場内の不文律として横行する事、そして労働者が自らの生活を守る為に、有り体に言えば収入を失わない為にそれらの理不尽を飲み込んで、自分の方を歪な形態の仕事に合わせようと無理をする事にそもそもの問題はある。

 自分は思う。企業や雇用者が求める労働力に人間性を認めていないのだから、そうした「人間性を失わなければ適応できない仕事」はどんどん機械化、自動化されて奪われて行けば良い。最初から人間性を持たないものに任せれば良い。人間が、人間だからこそやるべき仕事、できる仕事というものがこの世にはまだある筈で、その事に注力する為のリソースを奪っているのはこの手の非人間的な仕事なのではないか。

 そして、もうひとつ。『仕事』とか『職場』というのは単純に収入を得る為の手段であり場である一方で、労働者である個人が社会との接点を持つ場でもあるという事。それを『自分の居場所』とまで思ってしまうのは危険なのかもしれないけれど、先に述べたマイナス面と同じ位に、きっとこちらも大事な事なのだろうと思う。自分がいる事が、自分の仕事が、誰かの助けになったと思える時にちょっと気持ちが温かくなったりする事は確かにある。それが「やりがい搾取」の様な形で悪用されてしまうのは大問題ではあるのだろうけれど、その素直な達成感とか、小さな自己実現を否定してしまうのも辛い事だ。

 昔、大学の恩師が自分に語ってくれた様に、人間は良くも悪くも一生の内の大部分を仕事に費やす事になる。だからどんな仕事に就くかというのは、どうやって糊口を凌ぐかという切実さと同じ位には「仕事とは自分自身を規定するものなんだ」という位に大きな問題として捉えるべきなのだろう。自分が望む仕事に就ける様な幸運に恵まれるのは一握りの人間だけなのだとしても、どこか頭の片隅に「仕事が自分を形作っている」という事を覚えておく事。それが意外と大事な事なのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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