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自分はどこから来て、どこへ行くのか・上遠野浩平『ブギーポップ・オールマイティ ディジーがリジーを想うとき』

 

 思い出は人を呪縛するのか。それとも思い出があるから人は生きて行けるのか。いったいどちらだろうという事を最近よく考える。突き詰めて考えれば、本作もまたそういう話だ。

 思い出が人を縛るのか。それとも思い出を支えにするからこそ人は生きて行けるのか。

 自分には大学時代の恩師がいて、いまでも年に1、2回は会う事がある。昨日がちょうどその日で、学生時代の事とか、お互いの近況とか、時事問題についてどう思うかなんていう事を話し合った。

 学生の頃の自分というのは今よりもっと『物事の本質』というものにこだわりを持っていたと思う。自分は仏教美術を専攻したのだけれど、美大や芸大といった「一定の専門知識や技能を習得した『下地』が整った学生が集まる学部」とは異なり、「大学で学ぶ内に美術に興味を持った学生が集まるゼミ」では、良い意味で『素人の寄せ集め』であるが故に、素朴な、あるいは本質的な疑問というものに取り組もうとする学生が多かった様に思う。先生方もそれを馬鹿にする事なく一緒に深く考えようとしてくれた事は、当時とても嬉しかった。

 例えば目の前に一体の仏像があったとして、それを見た時になぜ自分達は感銘を受けるのだろう。言い換えればなぜ「美しい」とか「凄い」とか「かっこいい」とか思うのだろう。それは名のある仏師(ぶっし・仏像を作る人)の作だからとか、国宝や重文に指定され、高い評価を得ているからとか、古い時代から受け継がれていて貴重だからとか、自分ではとても同じ様に作れそうもないからとか、そういう事ではない。それは表層であって、本質ではない。本質的に人に感銘を与える要素は、その像の中に存在している。それを見る自分達は、物言わぬ、そして生きてはいない像の中に生命感や存在感を感じ取る。そこに存在する仏像と、それを見る自分の心は、その時ある種の感応というか、共鳴をしている。そして、その結果として自分達はそれを「美しい」と感じる。これは他の美術や芸術でも同じなのではなかろうか。

 そうした学問に取り組んだせいか、自分は一時、『物事の本質』というものに酷くこだわる人間だった。それは思い出であると同時に、ひとつの道標だった。自分がかつてどこにいて、どんな事を考え、何を感じていたかという事を見失わない為の。

 そして自分は社会に出て、学生時代に育んだ価値観の多くが、実社会を生きる上で助けになる事もあれば、重荷になる事もあるという、多くの人達が通り抜けて来たであろう道筋を辿る事になった。本質論を考える事は興味深く、楽しい事だ。でも現実問題に対処しなければならない時、そこには「本音と建前」や「正しいとされている慣習」や「社会の中で是認されている価値観」というものが厳然と存在した。それらを無視する事は出来なかった。平たく言えば、本質論や理想論だけで世の中は回っていなかった。

 そういう意味で、自分にとって過去は、思い出は、時に自分の背中を押し、時に縛り付けるという、相反する役割を持つものになった。でも他の多くの人にとってもそれは同じなのだろうとも思う。

 思い出や過去は時に優しい。でもそれらは時に人を縛り、傷付ける。
 そして過去は、消す事が出来ない。無かった事にしたり、無視し続けたりする事もできない。リセットボタンを押す事も、今までの人生をまるごと捨てて白紙の状態からもう一度やり直す事も出来ない。
 最近そんな話を書いたけれど、それはそれとして、過去は消せないから、自分達は自らの過去と向き合って生きるしかない。

 思い出が人を縛るのか。それとも思い出を支えにするからこそ人は生きて行けるのか。

 本作にはその両面が描かれる。大事な思い出を忘れまいとして道を踏み外して行く存在もいれば、忘れていた記憶を思い出す事で自分の進むべき方向を見付ける者もいる。それは1枚の硬貨の表と裏の様に分かち難いのかもしれない。ただ確かなのは、これからの自分が進む先は今の自分にしか決められないという事であり、今日の選択を悔いる日が来たとしても、その苦悩は自分の中に抱えて行かなければならないという事だ。

 自分はどこから来て、どこへ行くのか。

 過去を振り返って確かめる事も、これから先の道を選ぶ事も、自分自身にしか出来ない事で、だからこそ心細く、自分達は時に不安になる。誰かに助言して欲しい。道を指し示して欲しい。もっと言えば、どうすればいいか命令して欲しい。でもそれに乗ってはならないのだろうと思う。他の誰かがどんなに確からしい事、もっともらしい事を囁いたとしても、仮にそれで成功したとしても、誰かに選択をまるごと委ねてしまった時、過去を振り返って「あれは自分自身の選択だった」とは思えないだろうから。

 そして「間違いかもしれない」という心細さを常に感じながらも、自分達は今日も何かを選択して行く。何かをする事を。また、何かをしない事を。何かを拾う事を。何かを捨て去る事を。過去を振り返る事を。前を向く事を。その積み重ねが生きるという事なのだと思うから。

 (で、お前の「人生で一番美しい時」はいつだったのかね)
 (これから来るんでしょ、ってのは強がりだけど、今はそれを答えにしとくよ)

 BGM “Memory” from Musical Cats by Elaine Paige

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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