現実は綺麗には行かない。

 <関連項目>

 その首輪は外れない・虚淵玄『アイゼンフリューゲル』

 一応、昨日書いた上の記事からの続き。
 上の記事で言っていた、もう一つのエピソードについて。
 自分は今の会社に入る前にフリーターとしてコンビニの夜勤をしていた時がある。コンビニの夜勤っていうのはやった事ある人ならわかると思うけれど、結構色々なお客さんが来店するもので、自分が勤めていた数年の間にも『ネグリジェ姿の女装中年』とか『酔った挙句に店の裏で倒れていた青年』とか、まあ色々な事があった。

 ある時、中年男性の酔っ払いが一人店に入って来た。丁度その時は本や雑誌が来る時間帯の少し前で、自分が勤めていた店だと夜勤時間の中ごろの、ちょっとダレてくる時間帯。相方はバックヤードで休憩中。店内には自分と酔っ払いしかいない。
 コンビニに入荷する本や雑誌類は意外と多いので、自分はいつも通り本を入れるスペースを確保したり、返本処理にする古い雑誌を抜き出したりしていたが、酔っ払いが店に入って来る事などは日常茶飯事なので気にも留めていなかった。大抵この手の客は店内を一回りしてそのまま出て行くか、飲料等を少し買ってすぐ出て行くかで、長時間居座る事は無い。だが、その日は違った。

 「おい、兄ちゃん。」

 いきなりこれだ。自分は酔っ払いも分別の無い中年も嫌いだが、特に嫌いなのは人を捕まえて『兄ちゃん』だの『姉ちゃん』だの呼ぶ手合いだ。こういう時は早々に帰ってもらうに限るが、客商売なので無視する訳にも行かない。嫌々という態度が表に出ない程度のスピードで、赤ら顔の酔っ払いに向き直る。

 「何ですか?」
 「あのさ、賞味期限切れた弁当とかってどうすんの?」
 「それは廃棄になりますけど」
 「廃棄って事は何? 生ゴミで捨てちゃうわけ? もったいないよな」
 「捨てるって言っても、ウチはちゃんとリサイクルに回してますんで、業者が引き取りに来るんですよ。家畜飼料とかにするみたいですよ」

 文章だと普通に書いたが、酔っ払いは呂律がかなり怪しい。かなり酔っているらしく、ただ立っているだけで体が前後左右に揺れる。自分は嫌々ながら、本当は客に話す様な内容でも無いと知りつつ、一応廃棄についてかいつまんで説明した。この手の絡む客は自分の気が済むまで絶対に立ち去らないからだ。そして案の定、予想していた台詞が来た。

 「どうせ家畜の餌にするんだったらさ、その弁当俺にちょうだいよ」

 来た。実はこの手の客は意外といる。他にも、『おでんの汁だけくれ』とかいう奴も定期的に出て来る。当然金を払うつもりは全く無い。これが冬目景の漫画だったら絵にもなるが、現実にはこういう事を言い出す馬鹿は野郎しかいない。そしてこういう時、バイトが客の要求を断る為の常套句がある。

 「そりゃマズイですよ。あと自分バイトなんで。勝手にそういう事出来ないんで」

 大抵の客はこれで諦めるものだが、酔っ払いは逆切れして説教を始めた。

 「あのな兄ちゃん、お前家畜と人間様とどっちが大事なんだよ、ああ?目の前で困ってる人間がいたら助けるもんだろ?それともお前、俺より畜生の方が大事なのか、ああ?結局ホームレスとかさ、そういう人助けないで弁当とか捨てちまうんだろ?配ればいいんだよ。困ってる連中がいくらでもいるだろうが。食糧難の国だってあんだろーが。だからお前らは駄目なんだよ。わかってねーんだよ、全然。おう兄ちゃん、聞いてんのか、ああ?」

 どうもこの酔っ払いは語尾に「ああ?」を付けないと喋れないらしい。
 結局酔っ払いはそのままひとしきり喋った後、話し疲れたのか喉が渇いたのか、何か捨て台詞めいたものを吐いて何も買わずに店を出て行った。自分は無言で相方が休憩中のバックヤードに入って行き、入り口近くにまとめてあった段ボールに全力で蹴りを入れた。商品にあたらなかった自分の分別を褒めてやりたい。休憩中で全く話の見えない相方が、普段滅多に怒らない自分がキレているのを目撃して酷く怯えた表情をしたのを今でも覚えている。

 なぜこの話を思い出したのかといえば、あの時「自分バイトなんで」という一言で責任放棄したあの酔っ払いの問いに、今なら答えられそうな気がしたからだ。なぜコンビニは余った弁当をホームレスに配らないのか。困っている人に分け与えないのか。まあ簡単な理由はいくつもあるんだろうけれど、それとは違う意味で、今なら答えられると思う。

 ここに書いたとして、あの酔っ払いが見る事は確実に無いと思うけれど。それでも書いておこうと思った。というわけで、次回に続く。

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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