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声なき者の声を聞く為に・酒場御行『そして、遺骸が嘶く ―死者たちの手紙―』

 

 自分には、戦争について知りたいという欲求が、常にある。
 それがなぜなのかはよく分からないが。

 別の場所で、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏の『戦争は女の顔をしていない』を原作にした小梅けいと氏の漫画について書いたけれど、それ以外にも自分は何かというと戦争について書かれた本を読んでいる。

 フィル・クレイ氏の『一時帰還』
 ブライアン・キャストナー氏の『ロングウォーク 爆発物処理班のイラク戦争とその後』
 クリス・カイル氏の『アメリカン・スナイパー』
 ジョシュア・キー氏の『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』
 リー・カーペンター氏の『11日間』
 デイヴィッド・フィンケル氏の『帰還兵はなぜ自殺するのか』

 ざっと過去記事を振り返るだけでも、これだけの本が出て来る。フィクションもあり、ノンフィクションもある。ライトノベルを含めるともっと増えるだろう。でも共通しているのは、「実際に戦地に行った兵士はそこで何を見て、何を感じたのか」という事に関する関心が強いという事かもしれない。

 戦争について語る時に、自分の視点がどの位置にあるかという事を気にしている人はどれだけいるだろうか。自分自身は、その事がいつも気にかかる。

 国家対国家というレベルで、それぞれの国の指導者や軍部、そして国民がいかなる思惑を持って行動し、結果として情勢がどの様に推移し、どの国が勝ち、どの国が負け、戦後処理がどの様に行われたのかという点について、自分なりに調べ、学び、意見を持つという事は大事だ。でも「戦争とは結局何だったのか」という事を振り返って考える時、自分はもっと個人の目線まで降りて行ってしまう。悪く言えば、近視眼的なものの見方をしてしまう。

 つまるところ自分にとって戦争とは『戦地に送り出した家族が、友人が、恋人が帰って来ない事』であり、『帰還兵が帰国後に家族の死を知らされる事』であり、『体と心を病んだ人々が社会の中で居場所を失って行く事』なのだろうと思う。それらの『喪失』が、自分が考える戦争の姿なのかもしれない。

 そして戦死者にとっては、『自らの言葉でその思いを伝える機会を永遠に失う事』でもある。でも、それでも彼等の『遺志』は遺る。手紙や遺品に宿り、もう言葉を発する事が出来ない戦死者の代わりに、その声を聞く者が現れるのを待ち続ける。そして本作で描かれる様に、その時が訪れれば、遺骸は嘶く。沈黙を破り、声なき声を上げる。

 本作は、架空の世界を舞台に、架空の戦争と、戦後を描いている。その戦争は第二次世界大戦を思わせる内容なのだが、かつて現実に同じ様な役割を担った人々がいた様に、『兵士達の戦死を遺族に伝える』という酷な役目を背負った一兵士、キャスケットの視点で物語が紡がれている。

 キャスケット自身も優れた狙撃兵として戦った過去を持ち、自らの目で見た戦争というものを持っている。自分の生い立ちや家族の事、戦友や上官の事、彼等との出会いと別れ。それら上手く言葉に出来ない思いを抱えている。そんな彼が陸軍遺品返還部に所属し、遺族を訪ねる姿を本作は描いて行く。それは自国民からも死神の様に忌避される役割だ。もしかしたら生きて再会できるかもしれないと思っている遺族に現実を突き付ける事になるからだ。戦死者がどんな最後を迎えたのか。それを告げる役目は重い。

 またそこにあるのは当然綺麗な物語だけではない。美辞麗句では取り繕う事が出来ない人間の本性や醜悪さを煮詰めた様なエピソードも中にはある。でもそうした『自分達が抱える後ろ暗い部分』が暴かれるのが戦争なのだとすれば、戦死者の人生を悲劇として『漂白』してしまって、汚れた部分を消し去った上で標本にして、『あの戦争の悲劇を忘れない』とか、逆に『英霊達の尊い犠牲に感謝しよう』と祭り上げる行為を「戦争を語る事」として無批判に受け入れて良いのかという恐れが、自分の中にはある。

 戦争について語る時、自分達はつい為政者の様な視点で語ってしまいがちだと思う。相手の国がどれだけ許されざる敵であり、憎むべき相手であるかという事について、まるで一人ひとりが国士にでもなったかの様に語る。自分達がそうした語り方をしてしまいがちなのは、そうする事は『辛くない』からだ。痛みを伴わない。ある種他人事の様に戦争を『分析』したり、『解釈』したりする余裕がある。その余裕が自分達の口を軽くさせるし、その高揚感が自分達を饒舌にさせる。

 でもいつか実際に戦争が起こったとすれば、現実の自分達にもたらされるのは『家族や友人、恋人が戦地に行ったきり戻らない』とか『自分自身が戦地に赴き、人間性を削られ続けるか、或いは戦死する』というどこまでも個人の身に降り掛かってくる身も蓋もない現実なのではないか。その時、かつて国士の様に国家や戦争を俯瞰して、言ってみれば他人事の様に語っていた自分自身がいたとすれば、自分達はその事をどう振り返るのだろう。

 だから自分は、あくまでも兵士達の個人的な戦争体験に執着するのかもしれない。

 彼等が何を思い、どんな風に生き、或いは死んだのか。

 それらの個人的な体験を積み重ねた先に、自分達が語るべき戦争が見えるのだろうと思うし、逆にそうしなければ、正しく戦争というものに向き合う事は出来ないのではないか。今は、そう思う。
 
 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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