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予言ではなく、過去からの預言として・小松左京『復活の日』

 

 新型コロナウイルスのニュースが連日報道される中、書店の中には『今読まれるべき本』として本著を目立つ場所に平積みしている店舗もあって、もしかしたらそれで見掛けたよ、という人がいるかもしれない。自分が今更語るべき事もないだろう小松左京氏の名著だ。

 この作品は1964年に発表された。中年のオッサンである自分が生まれるよりも前の話だ。しかし作中で描かれる様な、正体不明のウイルスが蔓延し、社会が崩壊して行く生々しい様子は、今現在のコロナウイルス騒動を切り取ったのだと言われても信じてしまいそうな程確かな手触りを持って読者に迫って来る。

 ではこの作品は小松左京氏による『予言』だったのだろうか。自分は本作を『予言』というよりもむしろ『預言』だと受け止めたい。

 最近、東京オリンピックの開催を控えた日本では、大友克洋氏の漫画『AKIRA』が「今を予言したかの様だ」と再評価されているそうだ。後は作中で「東京オリンピック開催迄あと147日 国民の力で成功させよう」と書かれた看板の横に「中止だ中止」と描かれているぞ、とか。

 これを受けて「今の世相を言い当てている!」「予言だ!」みたいな盛り上がり方をするのは、それはそれで良いと思う。でもそれは多分偶然の一致という奴で、「作者の大友克洋氏には2020年が見えていたのか!」という『ムー』的なというか『MMR』的な推測は多分ネタとして楽しいだけな気がする。ほら、ノストラダムスの大予言もマヤ暦がどうたらっていうアレも結局外れ続けている訳で、自分達がついつい『予言』を信じたくなってしまうのは、心のどこかでちょっとそうしたオカルトの存在を期待してしまっているからなんじゃないだろうか。

 では、なぜ『復活の日』を書いた小松左京氏は予言めいた未来予想が可能だったのかと言うと、それは作品に込められたのが『普遍的なテーマ』だからという事になるのだろう。
 彼は予言をしたのではなくて、時代が移り変わっても、社会や人々の暮らしが変わって行ったとしてもなお自分達が向き合うべき普遍的なテーマについて語っていた。それを後から自分達が再発見して、これは現代に向けた作品なんだと受け止めた。意地悪な言い方をすれば「この物語は自分達のものだと思い込んだ」のだ。

 『復活の日』では、ある原因によって世界中に未知のウイルスが蔓延し、各国がそのウイルス禍に何とか抗おうとしながらも、やがて滅亡に向かって行く様が描かれている。そして、最後の人類として極地に残された人々が、その中でどう生きようとするかという事も。そしてそのウイルス禍の発生原因にも大きく関わるテーマとして『戦争』があり、『核兵器』がある。

 自分達は『国家』という大きな枠組みの中で暮らしている。それは今も変わらない。そして国家は、自国の利益を最大化する為に動いている。それは必要なら他国を害してでも追求されなければならないとされている。

 冷戦構造が崩壊する前はアメリカとソ連という超大国が世界を二分し、核抑止の考えに基づいて核開発競争という人類滅亡一歩手前のチキンレースに興じていた。文字通り『ボタン一つで世界が滅ぶ』状況にあって、その緊張感は先に挙げた様な人類滅亡の予言に対する支持の裏付けにもなった。映画『ウォー・ゲーム』ではないが、どこかで誰かが一歩間違えれば核弾頭を搭載したICBMが発射され、その報復で発射された核もまた雨の様に降り注いで世界中を焼き尽くす可能性が実際にあった。

 翻って、現在はどうだろう。かつての緊張は薄れたかもしれないが、核兵器はいまだに大量保有されているし、威力を減じる事で『使える核兵器』を開発しようとしたり、核拡散が起きて新たな核保有国が生まれたりしている。加えて過剰なナショナリズムの再燃が差別感情を煽り、このコロナウイルス禍の中にあっても特定国に対する非難や露骨な誹謗中傷の類が絶えない。イギリスはEUから離脱を図り、アメリカは国境に壁を作り、一部の日本人はコロナウイルスの蔓延について中国に謝罪を求めている。

 常にどこかに『敵』がいて、互いに牽制し合っている。利益は分かち合うものではなく独占すべきもので、常に敵よりも優位に立つ事が望まれる社会では、自分達は手を取り合う事が出来ない。ウイルス禍による人類滅亡という共通の驚異が目の前に出現しても、恐らく自分達はそうした小競り合いを止められないだろう。今現在がそうである様に。ただ、その先に未来はないというだけの話だ。

 本作で『復活の日』へと進んで行けるのは、かつての祖国を失いながらも、新たにひとつの共同体を作り上げ、団結する事が出来た人々だけだ。彼等がもしも今日の様な国粋主義的な考え方をもって団結を拒み、ウイルス禍の責任を他国に求めて責任のなすり合いをしていたら、或いは残り少ない食料や資源を奪い合う道を選択していたら、その時点で人類は滅亡しただろう。

 本作を『予言』ととらえるならば、自分達は「今日のウイルス禍を言い当てた」事ではなく、「現代社会が陥っている排外主義には未来がない」という事を指し示した事をもってすべきだし、更に言えばそれを『予言』ではなく、過去からの『預言』とするべきなのではないだろうか。神からではなく、先人達から預けられた言葉として。それをどう今に活かすのかを、自分達は問われている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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