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仕事をする事=生きるという事の意味・野崎まど『タイタン』

 

 『タイタン』と呼ばれるAIと、そこに接続された作業機械群が、人間が行っていた全ての労働を肩代わりしてくれる様になった世界。人々は『仕事』というものを既に知らず、タイタンがもたらしてくれる成果物を消費する事で生きている。
 国家という枠組みは消え、全ての人間がタイタンの庇護下で安寧な生活を送る様になった社会には、『働く事の意味』を知っている人間はほぼいない。
 そんな中で、世界に12基しか存在しないタイタンAIの内、1基が謎の機能不全を起こす。その機能不全の原因を突き止めるべく考え出された対策とは、タイタンの一部を『人格化』して取り出し、『彼』をカウンセリングする事だった。あくまで『趣味』として心理学を学んでいた内匠成果は、半ば強制的に『仕事』としてタイタンAI、個体名コイオスと向き合う事になる。

 遠い昔に『仕事』から開放された人間と、人間の代わりに働き続ける為に生み出されたAIは、生まれて初めて長い旅に出る。『働く事の意味』を見付ける為に。


 読み終えて思うのは、『働く事の意味』を見失っているのは、タイタンAIでもなければ、物語の舞台である2205年の人類でもなく、現代を生きている自分達なんだろうなという事です。それを再確認する為には、一度自分達の視点を可能な限り遠くに移動させる必要があります。物事の本質的な意味を問う時、近視眼的なものの見方は邪魔になるからです。

 造形に例えます。粘土で立体物を作る時には対象を様々な角度から見て、全体の造形におかしな所がないか確認しながら制作を進めるのですが、一度おおよそのバランスが取れた後に、例えば人間の像であれば目鼻や装飾等の細部を作り込んで行く中で、ふと違和感に気付く事があります。
 細部が出来上がり、完成に近付いた筈なのに、目鼻も何もない粘土の塊だった時に比べて、明らかに良くない。なぜだろうと思って、一度離れて眺めてみると、細部に拘って作業をしている内に全体のバランスが狂ってしまっている。それに気付いて仕方なく細部の造形を全部叩いて潰し、バランスを取ってあげると、像が生き返る。

 物事の本質的な意味を問う事も、この造形に近い所があるのだろうと思います。

「働く事の意味は何ですか?」と問われる時に、すぐ思い付くものはいくつかあります。「働かないとお金が稼げないし、お金が稼げないと生活ができないじゃないですか」というのは『近視眼的な理由=細部』です。確かに細部も重要ではありますが、それは少なくとも『作者が考える本質』からするとまだ『遠い』んですね。だから本質に至る為に、作者はその細部を潰します。

「では、人間が働かなくてもAIとロボットが全てを肩代わりしてくれる世界を設定しました。その上でもう一度問います。働く事の意味は何ですか?」

 さて、今度はどう答えるでしょうか。

 出典は忘れましたが「あなたが相手を好きな理由」を聞いて、その次にその相手を目の前で傷付けて行き、(例えば指を折る、目鼻を潰す等)「これでも好きですか?」と問い続ける怖い話があったと思うのですが、物事の本質を知りたいと思う時、人はそれに近い事をします。大きな木の枝葉を切り落とす様に、細部を削いで行く。そして最後にどんな幹=本質が残るだろう、という感じで。

 本作の世界観で言えば、人間にはもう『仕事』はありません。全てをAIが肩代わりしてくれるし、むしろ「AIの方が人間よりも上手くやる。公平性が保たれる」という世界です。人間はただ余計な手出しをせずに、タイタンの仕事の成果を消費するだけでいい。もっと言えば、娯楽や芸術、創作だってAIが担う様になっていて、人間はその周辺で趣味的な事をしているに過ぎないという世界です。そんな未来がもし来たら、それは自分達にとって『働く事の意味』というよりも、それを突き抜けて『自分自身の存在意義』を問う問題になって来ます。

 『あなたが生きている意味って何ですか?』

 そう問われた時、自分の中に答えがあるかどうか。これはそういう話なんだろうと思います。そして自分も含めて多くの人が、時にそれを見失って躓き、『生き苦しさ』の様なものを感じているのだろうと思います。そこに答えが与えられるのかどうか。どんなものを答えとして、自分の中に持っておきたいのか。その本質を突き詰めて行く為に、作者と自分達は一度2205年の彼方まで離れて、現在を振り返る必要がありました。そしてそこから、どんな自分自身が見えるだろうか、生きている意味、生きて行く意味が見付けられるだろうかという問いが生まれました。

 その問いに対して、作者が用意した答えはシンプルです。

 まるで神話の様な壮大なスケールの物語と世界観を用意して、長い旅路の果てに辿り着いた答えにしては、バランスを欠いているのではないかと思える程の、ささやかな、ある意味では当たり前な、でも真摯な回答が読者の前に差し出されます。

 自分はそれを、好きだと思います。

 その答えを受け取った時に、さて、どうしようかと考えた自分がいました。自分の仕事。自分がここに生きている理由。その意味。そうしたものを考えて出した結果は、実はこれまでの生き方と大きく変わりませんでした。

 誰かに働きかける事。誰かが働きかけられる存在として、ここにいる事。

 それは例えば本を読む事だったり、その感想を書く事だったりします。それは誰かの目に留まる事もあるし、ただ流れ去っていく事もあります。正直、自分に大した影響力などないのだろうと思います。その事は少し悔しく、残念でもあるのですが。

 それでもいつかどこかで、誰かを動かすかもしれない。

 もちろん、そうならない可能性の方が高いのですが。でも例えば小説を読んだ時に、「自分に届いたよ」というこだまを返す事には、きっと意味があるんだろうと思います。少なくとも、これまでよりも少しポジティブな気分になれました。

 きっと社会全体にとっては、あってもなくてもいい事。なくなっても誰も困らない事。いくらでも代替可能な事。それら全てに頷いた上で、それでも自分は続ける事にしました。

 これまでそうであった様に。これからもそうである様に。
 仕事をする事。今ここにある事。生きるという事を。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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