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魔女狩りの国で生きるという事・カミツキレイニー『魔女と猟犬』

 

 えー、自分のハンドルネームと作中の登場人物の称号がかぶっているのは全くの偶然で他意はないです。個人的には久し振りにライトノベルらしい作品をきちんと読んだなという感じなんですが、世界観が理解しやすいので中年にも優しいですね。

 さて、詳細な感想はもう多くの方が書いているだろうと思うので、最初にざっくりしたあらすじをまとめてから『現実の安全保障』『宗教と異端』的な視点で書いて行きたいと思います。

 本作は『剣と魔法』的な世界観を踏襲しています。ここで参考作品としてどんな作品名を挙げるかによって読者の世代がばれる感じだと思いますが、最近だと『ゲーム・オブ・スローンズ』になるんでしょうね。

 主人公が属する国、キャンパスフェローは『魔術師』を擁する軍事大国、王国アメリアから経済的、軍事的圧力をかけられ、このままでは併呑される危機にあります。アメリアは竜を信仰するルーシー教を国教とし、ルーシー教徒(ルシアン)のみに魔術師となる事を許す事で、魔法という軍事技術を独占しています。<竜と魔法の国>アメリアの覇権国家としての要は魔法であり、魔術師であるという事です。

 一方、ルシアンとして洗礼を受け、修道院で修行するという過程を経ずに魔法を行使する存在もいます。それが『魔女』であり、ルーシー教は彼等を異端者として、忌むべき厄災を振りまく存在として狩り出しています。
 キャンパスフェローは国家としての存亡をかけた戦いを前にして、この魔女を自国の戦力として取り込む事で大国に抗しようとしています。通常兵力をどれだけ束ねてもアメリアには敵わない、しかし魔女を味方にする事など本当にできるのか、魔女とは交渉する事が可能な存在なのか。
 そんな中で、ある魔女を捕らえたとする隣国レーヴェとの間で身柄引き渡し交渉が行われる事となり、キャンパスフェローは領主自らが騎士団を率いてレーヴェへと赴く事となります。果たして交渉の行方は、そして魔女の正体とは。

 物語は『魔女もの』らしく魔女裁判的なシーンから始まるのですが、これはある意味で『異端審問』でもあります。そしてこれらはファンタジー的な世界観を使って作品が描かれているからそうなるのであって、アメリアが狙う所は最終的には軍事技術の独占による覇権であり『核兵器』のそれと大差ありません。

 現実では、大国は核兵器を保有する事で核抑止という均衡状態を作り、結果としてそれが戦争回避の一助となっている(と言われている)訳ですが、これまで核を保有して来なかった国が新たに核開発を行う事には制裁を含めて非常に厳しい目を向けます。新たな核保有国が増える事は、結果として現状の世界各国の軍事バランスを崩す行為であり、何より『大国の意思によって制御されない核兵器』というものが野放図な状態にされると、本当に核兵器が使用されてしまう危険性が高まると考えられるからです。

 しかし、本作でもそうですが、どの国が保有しようが核兵器(≒魔法)は同じ技術で作られる兵器であり、本来は保有する事に良いも悪いも存在しません。(自分は当然の事として核兵器は世界から廃絶されるべきだと思っていますが、それはそれとして、という話をしています)小国からすれば、大国のみが核兵器を保有する現状の中で自国の安全保障体制を構築しなければならない事は不当に課せられた制約の様でもあります。ですから、北朝鮮の様に隙あらば核開発をして、核保有国として認められる事で外交交渉を有利に進めようとする国が出ますし、世界で唯一の戦争被爆国である日本ですら、核武装の必要性を訴える人々がいます。

 そして本作の場合は更に悪く、たったひとつの国が魔法を独占している状態であり、お互いに睨みをきかせる事で『抑止』の状態を作るべき相手国が存在しません。強力な兵器を持つ大国が一方的に領土拡大に乗り出している状態であり、このままだと他国は黙って飲み込まれるか、むしろ自ら進んで恭順の意を示して属国として飼い殺されるか、それとも抵抗して蹂躙されるかという事になります。そしてキャンパスフェローは第4の道として、自分達も『魔女』を手に入れる事を目指す訳です。

 こう考えると、ライトノベルから安全保障という現実問題について考えてみる事もできるし、逆に現実の時事問題を知っておくと、それを下敷きにしてライトノベルを楽しむという事もできるので、面白いんじゃないかなと自分は思います。ただ、現実問題について論じる時にはライトノベルで得た知識だけで語るのはお勧めしませんが。

 次に『宗教と異端』という話になるんですが、この話は語ると凄く長くなる上に着地点が大変な事になるので、一般的な『権威』の話に置き換えます。『宗教と異端』の話はまた別の機会があれば、という感じです。本作が好評で2巻以降に続いてくれる事になればいつかその話もできるでしょう。

 というのも、本作に登場するルーシー教というのは、竜を信仰対象とする事と、魔術師の存在、そして魔女を敵視するという事以外に『具体的な信仰形態』というものがまだ明示されていません。
 自分はこの辺、仏教学専攻なので結構細かいんですが、宗教というのは『教化』とセットなんですね。ある『教義』を軸にして、その教えを信仰する人々を導いて行く。意地悪な言い方をすれば、その宗教が指し示す『良い生き方』『良いあり方』へと人々を導いて行く、誘導して行くという事になるんですが、この辺りのディティールを細かく作り込んでもエンタメ作品としてのライトノベルではあまり完成度の高さに繋がらない様な気もするので仕方ないかなという所です。

 さて『権威』の話に戻します。
 権威というものは、その権威に反対する思想、抵抗する勢力との闘争を常に求められる訳です。ある国にAという思想と、Bという思想、それぞれを信じるグループがあり、AとBはお互いに相容れない思想であったとします。どちらのグループにも指導的な立場の上位グループがいます。そしてその上に国の指導者がいます。
 国の指導者が仮にAグループの流れを汲んでいるとします。AとBがそれぞれ国民の半数であった場合、指導者にとっては半数が敵対勢力になり得る事を意味します。よって何らかの手段によってBグループの数を減らし、Aグループの勢力を拡大しようと試みます。同時に、これと同じ事は外交でも行われます。自国の価値観に共鳴する他国を増やして行く事は、敵対勢力を退ける上で有効だからです。

 こうして国内外での敵対勢力の排除が進んで行くと、結果としてその国のトップに立つ指導者の権威は高まって行きます。独裁国家ともなれば、その権威は神聖不可侵のレベルになります。その国家の中では、指導者から敵視される思想や、その思想をもって生きようとする人々は全て弾圧され、排除されて行きます。先の例で言えば、Aグループの人々にとっては生きやすく、Bグループの人々は苦しい。どこかで聞いた様な話ですね。

 ここではAとBに単純化しましたが、現実にはもっと様々な思想や価値観が複雑に入り乱れています。ただ共通するのは、国家や社会という集団を構成する人々の中で、少数派に属する人々は非常に苦しい生き方を強要されるという事です。究極的に言えば、ただ生きている事すら許してもらえない。本作で言えば『魔女』の様に。

 この『魔女と猟犬』という作品が、今後そうした部分にまで踏み込んで行くのかは分からないですが、個人的にはそこまで描いてみせてくれる事を期待しています。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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