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歩み続ける先に見えてくるもの・三田誠『ロード・エルメロイII世の冒険 1「神を喰らった男」』

 

 自分はもう、『事件簿』から続くこのシリーズについては『ロード・エルメロイII世という名を背負った男の生き様が心底好き』程度の事しか言う事がないのですが、感想書きのリハビリも兼ねて書いてみます。

 『Fate/Grand Order』(以下FGO)もそうですが、第一部を完結させた後で、あらためて第二部を立ち上げるのって周りが考えるよりもずっと大変な事で、『事件簿』がシリーズとして高い評価を受けているだけに、より難しいというか、読者の期待値が上がっている所もあると思うんですよ。更に『事件簿』や『冒険』は主要な登場人物の基本設定を他作品から借り受けている形になるので、作者自身の創作のクオリティだけではなく、他作品との整合性や物語の繋がり方といった影響を考慮しながら創作をしなければならないという『枷』があるとも言えますから、ゲームで言ったら「高難易度かつ縛りプレイ」みたいな所もあります。

 よく創作で、「オリジナル作品を書こうにも、自分で魅力的な登場人物や世界観を考えるのが大変で投げてしまう。二次創作ならいくらでも思い付くのになぁ」みたいな話があって、それはそれで正解だし自分もやった事があるんですが、逆に「自分で考えた登場人物は好きに動かせるけれど、他作品から借り受けた登場人物を好き勝手に弄る訳には行かない」という部分もあって、特に本作では後者が強いと思います。

 『事件簿』にしろ『冒険』にしろ、何なら『FGO』にしろ、『Fate/stay night』やその他の作品群に登場する魅力的な世界観や登場人物から派生する物語な訳で、特に古参のファンからすれば『原典』からあまりにも飛躍したものは受け入れられないし、『過去作の登場人物に愛着がある分、派生作品での扱いが許せない』という状態に陥る可能性も高いんですよね。

 実は『FGO』はその辺りの扱いとファンサービスの兼ね合いの処理を上手く、というかズルくやっている所があって、例えば『イシュタルと遠坂の違い』みたいな処理を上手くやっている所もあったりします。その反面、セイバー(アルトリア)はFGOのメインストーリーにがっつり絡めるにはやはり難があって、士郎と藤丸というふたりのマスターとの関係性を考える時に、FGO側に寄せ過ぎる訳には行かないし、物語を左右する様な重要な役割を与えてしまう訳には行かないという部分が見える気がします。だから第一部の『第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット』でもランサーとしてのアルトリアを再設定する事になったのだと思いますが、第二部の『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』ではどうするつもりなのか気になる所です。これ以上別側面が増えても捌き切れない気もしますが。

 何らかの派生作品を作る時に一番『ズルい』解決法は、結局パラレルワールド化してしまう事です。最初に「この作品の中で何があっても、それは本編とは何の関係もありませんよ」という断りを入れた上で好き勝手にやってしまう。でも、そもそも虚淵玄氏の『Fate/Zero』がそうだった様に、三田氏の『事件簿』も『冒険』も、そうした『逃げ』を打てない様な作品になっていて、「奈須きのこが書いたものではないとしてもFate世界の正史として残る作品」という位置付けになっている。そのプレッシャーって多分凄まじいものですよ。

 実は他にもズルい方法はいくつかあって、正史の裏というか、作品世界の歴史年表の隙間や裏側を埋めて行く様なものを延々作り続けるという手段もあるんですが、それは結局『落穂拾い』になってしまうんですよね。作品全体として一定以上の広がりを持てない。派生作品の作者が自由に弄る事を許されたごく狭いスペースの中で小さくまとまるしかなくなってしまう。

 話を本作に戻すと、三田誠氏がやっている事はそうしたズルい手に逃げる事が許されない創作なのだと言えます。本作でもFateシリーズの中で重要なポジションにいるキャラクターが登場しますし、他の奈須作品からもまた驚くべき名前が登場しますが、それがファンサービス的なカメオ出演に留まらないものになっているし、なって行く筈です。そして、そうした『逃げない』『目標に向かって挑み続ける』という姿勢は、そのまま冒頭で書いた『ロード・エルメロイII世という名を背負った男の生き様』に重なる気がしています。言ってみれば『Fate/stay night』における『マスターとサーヴァントの関係』にも似たものを感じるんですよね。

 マスターとサーヴァントが、ある種似た側面を持っている様に、作者である三田誠氏が創作においてズルい手段に逃げずに登場人物達を正面から描いている事が、ロード・エルメロイII世という人物の『いつか見た星に手を伸ばし続ける様な生き様』に説得力を持たせている。自分がこの作品の何が好きかと言うと、多分そういう所なんです。

 誰もが『諦めろ』と言うものを、どうしても諦める事が出来ないのなら、手を伸ばし続ける事を選ぶのなら、勝算の有無によらず『逃げない』生き方をするしかない。そこにある覚悟と、誠実さと、祈りと、願いの全てがいつか『届く』事を、読者である自分は願います。それは現実にはとても難しい生き方だから。

 自分が、捨ててしまった生き方だから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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