いつか無くした心を拾いに・佐藤信介『ホッタラケの島』

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 現実を前にして気分が落ち込んだ時には、やっぱり映画や小説が自分を救ってくれる。

 映画『ホッタラケの島』は『昔は大事にしていた筈なのに、人間がいつかその存在を忘れてほったらかし=ホッタラケにしてしまった様々な物を集めて生きている不思議な生き物達がいて、彼等の住む『ホッタラケの島』に迷い込む事になった主人公の女子高生「遥」が、自分もいつの間にか無くしてしまっていた母親の形見の手鏡を探して冒険する』という、前向きな冒険譚だ。
 監督は映画『修羅雪姫』の監督脚本や、映画『県庁の星』の脚本で知られる佐藤信介氏。そして脚本は安達寛高=作家、乙一氏。アニメーション製作はプロダクションI.G。

 日本のアニメというと、スタジオジブリの作品に代表される様なセルアニメ風のものというイメージだが、本作は近年のディズニーやピクサー映画の様な3DCGがメインになっている。最初は日本のアニメに3DCGが馴染むかどうか疑問だったのだけれど、これが劇場で観ると各キャラクターがとても可愛らしくて、観ていて楽しい。遥のパートナーとして共に行動する事になる島の住人テオや、他のキャラクター達も皆柔らかさを感じさせる動きや色合いで、それがストーリーともよくマッチしていた。
 劇場は親子連れが多かったけれど、小さい子供達も食い入る様に観ていて、途中で騒ぎ出す様な子は一人もいなかった。これは凄いと思う。

 それにしても、人間は何故あれ程大事にしていたものをいつの間にかホッタラケにしてしまうのだろう。もちろん自分にも心当たりはある。とても大事にしていた筈が、いつの間にか無くしてしまって今は手元に無いものは数多い。でも、今でも手元にあるのに昔程大事ではなくなってしまったものもある。

 多分、その物が目の前から消えてしまったから、それが大事だった事を忘れてしまうのではないのだろう。むしろ問題なのは人の心の方で、自分の心の中からそれを大事にしていた時の気持ちが薄れ、消えて行ってしまう方が先なのだ。こうした人間の心理については、作家、上遠野浩平氏が自著『ソウルドロップの幽体研究』の後書きで言及している。

 人間の心は時間と共に変わってしまう。それは仕方が無い。けれど、そうやってホッタラケにしてしまうものの中には、きっといつまでも大事に持ち続けていたかった心だってあったに違いない。

 現実を生きる自分達は、一度無くしたホッタラケを取り戻す事は、多分もう出来ない。それでも、それを大事にしていた時の自分の心だけは今から取り戻す事だって出来るのかもしれない。そしてその心さえ無くさなければ、これまで無くしてきた数多くの物も無意味ではなくなり、これから起こるだろう数多くの喪失にも耐えられるのではないか。

 何も無くさずに生きて行く事は出来ない。ならばその喪失を本当の意味での喪失にしてしまわない様に、自分にとって本当に大事な物とは何だったのか、何故その物が大事だったのかだけでも心に留めておくべきなんだろう。そして時々は振り返って、そこから自分が歩んで来た道筋を確かめながら、また前に進む為の力を得る事も出来るのだと思う。

 本作を観て、今まで自分が無くした物と無くした心を数えてみる。大丈夫。多分まだやれる筈だと思えるエネルギーを、この映画は分けてくれると思う。

 <関連項目>

 映画『ホッタラケの島』公式サイト

 

テーマ : 映画紹介
ジャンル : 映画

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