きっと何もかもが有限だから。

 浅井ラボ『されど罪人は竜と踊る(7)Go to Kill the Love Story』(小学館・ガガガ文庫)を読んでいた。ちなみに移籍前の角川スニーカー文庫版は読んだ事が無いので、まだこのアナピヤ編と呼ばれる物語の結末は知らない。新刊が出たら合わせて感想を書くかもしれない。

 冒頭に、人が争う理由、人が争いを無くす事が出来ない理由、そして争いの根源についての考察があった。詳しくは作品を読んでもらうとして、人が何故争うかという問いはそれこそ昔からあるが、未だ結論に至っていない。
 結論が出ない問いなど不毛だという考え方もある。ただ自分は、何に対しても自分なりに考えてみるという事が趣味なので、しつこく考えてみた。

 とりあえず経験則から言って、『争いを捨てて皆で幸せになる』という選択肢はこの世には無い。

 何故か。まず単純に物量的な問題がある。この世ではあらゆるものが有限で、全世界的な規模で『皆』を幸せに出来るだけのリソースは地球上に存在しない。漠然と『幸せ』とか書くと、じゃあ何が幸せなんだという価値観の問題になるので、ここでは飢えや病気、貧困や戦争といったマイナスを避け、安定した暮らしが出来る状態とでもしておく。

 例えば食料問題。昔コンビニで長らくフリーターとして働いていた時期があるが、一軒のコンビニが一日に排出する廃棄食料の量はかなり多い。コンビニやスーパーに置いてある買い物かごに限界までおにぎりを詰め込んだらかなりの量になるという事は大体想像出来ると思うけれど、当然コンビニ一軒が一日に廃棄する弁当類の量はそんなものでは済まない。更に日本国内に同じ様なコンビニが何件あるか考えれば、日本全体が一日に廃棄する食料の量は半端ではないとわかる筈だ。

 当然、それがあれば助かる人は大勢いる。国外に目を向ければ食糧難の国は山の様にある。それでも日本人は『コンビニに行けば24時間いつでも弁当が買える』という利便性を確保する為に、『必要な余剰』として生産をやっている。その為の食材を大量に輸入しながら。
 有名な話がある。東南アジアでは日本向けに輸出する為のエビの養殖池にする為にマングローブ林の伐採が進んで環境問題が深刻化した。つまり日本人がより多く、より安くエビを食う為に、現地の人々の生活環境を脅かしたという事だ。

 もちろんこれは戦争ではない。血が流れる争いではない。経済活動の中で、エビを輸出した生産者には利益があっただろう。でも結果として日本人全体の利益を確保する為に、生産国の自然環境は犠牲になった。
 日本は経済的に強いからこういう事が出来るし、食料以外にも同種の事はあちこちで起こっている。救えないのはこれを仕組んでいるのが大企業でもなければ悪の秘密結社でもなく、自分達一人一人が無意識にやっている経済活動や日常生活に端を発しているという事だ。言い換えれば自分達一人一人が加害者だ。自分の生活の利便性の為に他者が犠牲になっても仕方ないという前提で生きて行く以上は。

 だから『皆』で幸せになるというのは不可能だ。『皆』という言葉には人数制限があって、その枠内に入れる奴とあぶれる奴が必ず出る。全世界の皆が平等であれ、というのは理念として素晴らしいが、現実がそうでない事を大人は『皆』知っている。だから競争や争いが起きる事は必然だ。

 物質的なリソースが有限であるなら、その他はどうだろう、という所で次回へ続く。

 

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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