脳の中の理想郷を目指して。

 昨日の記事からの続き。

 人間が争いを止めないのは、皆が争わずに生きて行けるだけのリソースが無い事が一因だという所までは書いた。有限なリソースを奪い合う競争が前提である社会では、人間は個人で生きるよりも集団に帰属して生きる事を志向するが、それは争いを止めて平和的に生きて行く為の選択というよりも、他の集団に対抗する為の団結であって、言ってみれば競争に打ち勝つ為の方法論でしかない。平和主義者が志向する調和協調路線からは程遠い打算。それがこの社会の基本的な構造だ。
 競争を排除して、言ってみれば『人類皆兄弟』的な社会に移行するには、先に述べた様にリソースが足りない。

 更に集団の中の個人に焦点を合わせてみる。
 集団に属する個人にもまた競争がある。集団の中で恵まれた生活環境を手に入れる為、また集団内で影響力のある地位に就く為や、自己実現の為には他者との競争に打ち勝たなくてはならない。昨日は書き忘れたが、物質的な資源が有限である様に、恋愛や夢の実現といった自己実現も当然他者との競争に打ち勝たなくては手に入らない。プロスポーツの選手を目指していた奴、歌手やギタリストを目指していた奴、そんな奴は同世代に掃いて捨てる程いたが、実際そうなれた奴が何人いたか。

 当然競争の結果として勝者と敗者が生まれる事になるが、ではそれを良しとせずに、極端な平等を目指して競争を排除した社会がどうなるかと言えば、そんな社会は停滞して一歩も前に進めなくなり、いずれ自壊するに違いない。
 例えばそれはこんな社会だ。働かなくても最低限の生活は保障され、配給所に並べば美味くはないかもしれないがタダで飯が食える。住む場所もワンルームを更に手狭にした様な個室か、木賃宿の様な大部屋雑魚寝型の施設があてがわれ、一応雨風は凌げるし、蛇口をひねれば水は出る。大多数の無気力な人間が、一部の人間の努力から得られた成果の分配にぶら下がって生きて行く社会。個人の成功が政府によって吸い上げられ、平等に分配される事で成り立つ格差無き社会。そこでは格差も競争も無いかもしれないが、多分誰も努力しないし、前進もしない。

 子供の頃何かの本で読んだ夢物語に、『将来は人間の嫌がる仕事は全てロボットが行う社会が生まれる。人間は単純労働から解放されて哲学的思索や文化的な創作活動だけをしていればよくなる』というものがあった。競争の結果生まれる敗者の役割を全てロボットに負わせる事で、人間全体を競争や格差とは無縁のものにしてしまおうという、超力技な理想郷。そんな事が出来たら誰も苦労はしないが、昔劇場で『マトリックス』を観ていたら、それがリアルに眼前に展開して驚いた。人間とロボットの立場は正反対だけど、結果が同じなら何ら問題ないだろうと思う。

 あの世界だと人間は人工知能の家畜という扱いだけれど、もし人工知能が空気読んで、家畜としての人間一人一人に適切な自己実現の夢を与える事が出来るなら何の問題も無い平和な世界じゃないかと思う。何せ全人類が家畜という地位の下で平等。培養液の中で生かされている分には衣食住も心配いらない。他人とリソースを奪い合って競争しなくても、機械が見せてくれる夢の中で大富豪なり芸能人なり自分の望む夢を叶えた『気になって』一生を終えればいい。死ぬまで覚めない夢ならそんなの現実と何ら変わらないし。
 マトリックスの世界に帰りたいからって言ってネオやモーフィアスを裏切る奴がいたけれど、そりゃそうだろ普通、とか思ってしまう。そこが自分の凡人思考。頑張って人工知能を打倒して、人類に自由を取り戻して、それでお前らどうすんの?っていう。

 だから、一昨日の記事で触れた『されど罪人は竜と踊る(7)』の冒頭でベギンレイムが『私は人類にある争いの根源を消失させるよりは、目的を手に入れられたように錯覚させ、安定させるほうが簡単なのではないかと考えた』という結論に至ったのは多分正しい。実際に人間全ての望みを叶えるだけのキャパもリソースも現実に無いのだから、争いを無くすには目的が達成出来たという錯覚を与えるしかない。

 平和主義を唱える人は、もうマトリックス的なものを作る方向に全力を投じるべきなのかもしれない。脳の中にしか存在しない理想郷で暮らせる日が来るまで、多分人間は争い続けるだろうから。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon