主観が作る世界の中で・新城カズマ『15×24』

 今日は、新城カズマ『15×24 link one せめて明日まで、と彼女は言った』『15×24 link two 大人はわかっちゃくれない』について。

 本作で語られる事件は、高校生の徳永準が自殺サイトで出会った『17』と名乗る相手と心中する決心をして、朝家を出る所から始まる。そこから様々なハプニングがドミノ倒しの如く連鎖し、自殺を止めようとする者、自殺を成功させようとする者、更には全く異なる事件の当事者として介入する者等、それぞれが互いの目的の為に動き出し、大きな状況を作り上げて行く。
 二冊を通して読んだ感想だが、自殺というテーマを扱った重苦しい小説というよりも、それは単純に全体の状況を作り出すきっかけに過ぎず、物語のメインとなるのは全体のドタバタ劇の方ではないかと思える。ちなみに二冊同時刊行されたのでこの二冊で完結しているのかと思っていたのだが、更に三冊目へと話は続く様で、まだ結末は見えない。ちなみに三巻は未読。

 この小説が特異なのは、物語が全て一人称で書かれている事。そして、登場人物達の異なる視点が入り乱れる様に、一人称の主体が頻繁に切り替わる事だ。
 正直、あまり読み易い文章ではない。まず登場人物の数が多いので、彼等の誰がどういう立ち位置にいるのか把握するだけでも骨が折れる。その上細かい場面毎に語り手が切り替わるので、視点移動に慣れるまでは状況把握の為に何度かページを行きつ戻りつしながら読み進める事になった。

 しかし、現実というものも結局は主観で動く個人の集合で出来ているのであって、この交錯する視点もリアルといえばリアルなのかもしれない。それは本作で自殺しようとする少年や自殺そのものに対する各人の態度にも表れているのだが、ある者は『自殺も、自殺に走る奴も断じて許せない』という態度を取り、またある者は『彼が決めた事なら、自殺が成功する様に応援しよう』という態度を取る。他にも功名心から事件を解決しようとする者や、死を観察する為に自殺サイトを運営していた者等、それぞれの人間が他者の都合など考えずに状況に関わり出すのだ。更にその混沌の中から生まれた状況が新たな事件を呼び寄せ、それに関わる全員を翻弄する。

 現実もまたそんなものだ。自分の思い通りに事が進むなどというのはよほどの幸運に恵まれない限りあり得ず、自分達は常に他者の都合に振り回される。そして自分も同じ様に他者を振り回しているだろう。それを自覚的にやっている者と、無自覚にやっている者がいるというだけの話だ。

 もちろん、他者に対する思いやりや労り、共感というものはある。ただそれも突き詰めれば『自分がそうしたいから』している行為に過ぎないし、共感といっても相手が本当に考えている事など本人にしかわからない。だからそうした行為が独り善がりなものである可能性は常につきまとう。どうしようもなく。

 それでも生きて行くしかない自分達はどうするかというと、自分と相手が通じ合っているという幻想を信じる為の努力を日夜繰り返しているわけだ。言葉を交わしたり、メールを送ったり、肉体的に触れ合ったりしながら。
 そして、そこまでしてもなお主観という檻の中から出られない自分達には、生まれてから死ぬまで自分のエゴを通すしか道が無い。それが他者を傷付けて憚らない、自分しか信じられるものが無いという類のエゴなのか、幻想かもしれないけれど他者への共感の上に立ったエゴなのかという違いはあるとしても。
 その上で自分がどちらを選ぶのかというと、当然言うまでもない。自分は一人で世の中を渡って来た訳ではないし、自覚的に他者を傷付けてでも絶対に譲れない様な『我』を通して生きて行こうと思える程強くも無いからだ。我ながら凡人的思考だと思うけれどね。

 人間は絶対に分かり合えるんだ、という前提に立つと、他人の不理解が許容出来なくなる。何で分からないんだという不満が湧き出す。ならば、人間はそもそも互いに分かり合う事が難しい生き物なんだという事を、人間はエゴの生き物なんだという事を認めて、互いの妥協点を探す方がいい。その時の選択が正しいかどうかは、誰にも分からないけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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